藤村衛×桜庭涼太

甘い誘惑に捕らわれて

ハロウィンの時に書いてました衛涼小話。

 ここ数日、仕事が連日入っていた中での久々のオフ。自室でゆっくり読書でもしようかと考えていたところに聞こえてきたのはノック音。昂輝と剣介は出掛けると言っていたため、恐らく同ユニットメンバーの残りの人物だろうとあたりを付けてドアを開けた。


「トリック オア トリート~!」

「…………」

「待ってリョウくん! 閉めないで!」


 開いたドアの向こうには予想通り、衛の姿。いつも笑みを携えているその顔は普段に増して緩んでいて、年に一度のお決まり台詞。

 ああ、そういえば今日はハロウィンだったか。

 そんなことをチラリと思い、そのままドアノブに掛けたままの手を引こうとすれば、ドアを掴まれて阻止された。


「なんなの、突然」

「だって今日はハロウィンだよ」

「知ってるけどそれが?」

「リョウくん冷たい!」


 もうそんなに浮かれる歳でもないだろうにと溜息を一つ吐きつつ彼を部屋に招き入れる。

 本日の読書の予定はキャンセルだ。


「もうせっかくケーキ買って来たのに」

「ケーキ?」

「ほらこの前、リョウくんが気になるって言ってた、新しく駅前に出来たケーキ屋さん。そこで買って来たんだよ」


 そう言いながらテーブルに置かれた箱と開かれたその中身に少なからず胸がときめくのが自分で分かった。

 顔にも出ていたらしくクスリと笑った衛に視線を送る。


「……何」

「いやぁ、そういうところは素直でかわいいなぁと思って」

「うるさい。……でもありがとう」


 照れ隠しを付けつつケーキのお礼を告げると、どういたしまして、と楽しそうに衛が返事をした。

 居たたまれなくなって、お茶を淹れる、と席を立つ。


 ケーキはもちろん嬉しいし、本人には絶対言わないが、二人でこうして過ごす時間があること自体が嬉しい。それに加えて、この前の自分のちょっとした発言を聞き逃さず、覚えていてくれたこともすごく嬉しくて、彼に大事にされていることを実感する。


 お茶を淹れながらそんなことを考えて、衛の見えないところでそっと微笑んだ。

 ……つもりだった。


「リョウくんご機嫌?」

「わ……っ、ちょっと」


 不意に背後に気配を感じ、振り向く暇もなく腰に腕を回されて捕まった。急な出来事に動揺して心音が高鳴る。


「もう衛、危ない……!」

「でも俺はちゃんと警告したよ?」

「は……?」

「トリック オア トリート、お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ、ってね」


 耳元で囁かれてピクリと身体が跳ねる。

 普段の声と違う、甘く響く声。

 先程までとガラリと変わった雰囲気にクラクラする。


「衛、待って……!」

「お菓子の代わりにリョウくん食べちゃおうかな……?」

「ぁ……っ」


 耳元にあった衛の口はそのまま涼太の耳を甘く噛んできて、思わず小さな声が漏れた。それにクスリと笑う気配を感じたかと思うと、パッと腕を離され解放される。

 すっかり力が抜けてしまった涼太はそのまま床にへたり込んでしまった。


「わ、リョウくん大丈夫!? ごめんね、ちょっとやり過ぎちゃった!?」

「…………」


 先程までの甘い空気は完全に霧散して、間抜けな声が耳に届く。

 その声を睨み付けてみるが、苦笑が返ってくるだけだった。

 この男のギャップは本当にずるい。時々別人なのではないかと思うくらいだ。

 おかげでそこまでの刺激を与えられたわけでもないのに、立ち上がれない。


「まだ時間掛かりそうかな?」

「……誰のせいだと思ってるの」

「ごめんね?」


 しゃがみこんで涼太と目線を合わせた衛は苦笑しながら謝罪をする。

 その顔は何処か緩んでもいて、これは絶対反省していない。


「衛~?」

「と、とりあえず! ソファーまではちゃんと運ぶから! お茶も俺が淹れるし、ケーキ食べよう!?」


 ジトリと睨み付ければ返って来たのはいつもの衛。

 その様子に、もういいかと本日二度目の溜息を吐いて両手を伸ばした。


Fin.