藤村衛×桜庭涼太
感化
衛涼、宗廉前提のお話。
メインは衛涼、宗廉描写はそんなにありません。
衛さんと涼太くんがイチャイチャ(?)しているところに出くわしちゃう廉くんと涼太くんの会話がほとんどです。
何でも許せる方向け。
置いてあるものは多少違うかもしれないけれど、同じ造りで大体の家具は同じもので。
それでも何処か違う空間……恐らく雰囲気だとか空気だとかそういったものが違うのだろう。そういうものはそこで生活する人によって変わるのだから。
同じような部屋なのに、そこに足を踏み入れるのはまだ少し。緊張とまではいかなくも、そわそわと落ち着かない気持ちになるのは、そういう理由だと思う。
あとは、自分がどちらかと言えば、他人に慣れるのに少し時間が掛かる方だからだろうか。
「こんにちはー」
誰かいるだろうか、と、挨拶をしながらその空間――Growthの共有ルームへと廉は足を踏み入れた。
「こんにちは」
声が返って来たことにホッと安堵する。誰も居なければこの手に抱えた、事務所で預かった書類をどうしたものかと思ったところだった。
しかし、その返事の主へ視線を向けた瞬間に、安堵は若干の後悔へとすりすり替わった。
それとともに、視線をそっと逸らす。
「あ、涼太さんこんにちは。……と、衛さん、ですか?」
「そう。作曲の仕事もひと段落して久しぶりに一日完全にオフなんだけど、『のんびり過ごす時間はいいねー、眠たくなってきちゃった』なんて言ったかと思えば、早々に寝ちゃってさ」
「そう、なんですか」
言葉は文句を言っているようにも取れるが、その表情は柔らかく優しくて。普段、涼太が衛に向けているどの顔とも違うものだった。
涼太の説明通り、この共有ルームで寛いでいるところで衛は寝落ちたのだろう。そこまではいい、理解できる。
しかし、その体勢に廉の思考は追いつかない。
どうして寝落ちた先が涼太の膝の上なのだろう。涼太の肩に寄り掛かってそのまま落ちたのだろうか。それにしたとしても、先程の、涼太が衛に向けた表情がそれではどうにも腑に落ちない。
あの表情はまるで――。
「恋人同士、みたい?」
自分の思考を先読みしたかのような言葉に、逸らしていた視線を反射的に涼太の元へ戻した。
目が合った涼太がクスリと微笑んだのを見て、自分の考えが顔に出ていたことを知る。
「あの、えっと、すみません、その……」
「気にしないで? 事実だから」
「え!?」
失礼な考えを、と謝罪を口にすれば、その考えは事実だと言う涼太。
スッと人差し指を口元で立てた涼太にハッとして廉は口元を抑えた。
あまりの突然の話に、感情のままに驚きの声を漏らしてしまった。危ない、衛を起こしてしまう。
「こちらこそごめんね、驚かせちゃったよね」
「あ、はい、えっと、大丈夫、です……?」
しかし、驚きは収まらず、何と返事を返せばいいのか分からない。
「本当に大丈夫、廉? だいぶん混乱してるでしょ?」
「え、あ……はい、正直だいぶ……」
苦笑しながら問う涼太に、正直に答えると、クスリともうひと笑み零す。
「だよね。別に隠してるつもりはなかったんだけど……コウやケンは知ってるし。でも、わざわざ言って回るようなことでもないしね?」
「そうですよね……」
「付き合ってる、とは言っても、普段は今までと全然変わらないし、そんなに気にしないでね」
「はい……」
「と言ってもすぐには難しいかもしれないけど」と零す涼太に、"気にしないで欲しい、自分も同じだから"と言葉を発しそうになって口を噤んだ。
そうだ、先程涼太も言ったじゃないか。聞かれてもいないのにわざわざ言う必要もない。
「それで、廉、今日はどうしたの?」
「あ、そうでした。さっき事務所に寄ったら、Growthの皆さんにもこれを届けておいて欲しい、と書類を渡されたので」
突然の衝撃光景と知らされた事実に、本来の目的を忘れるところだった。
「そっか、ありがとう。悪いんだけど、そんなわけで今はちょっと立てないから、そこのテーブルの上に置いててもらってもいいかな?」
「はい」
気にしなくていい、とは言われたものの、やはり多少なりと気を遣いたくもなるもので。
言われた通りテーブルに書類を置いたら早々に引き上げようと思ったところに、聞こえてきた足音。足音だけでなんとなく彼だろうと気づけてしまうのはそれだけ付き合いも長くなったということなのだろうか。いや、単純に出会ってからの年月で言えばこの寮内に住む誰よりも長いことに違いはないのだが。
「廉ー、書類渡したかー?」
「あ、うん」
共有ルームに姿を現したのは予想通りの人物。
「こんにちは、ソウ」
「お、リョウか。……と、衛か?」
「正解」
自分が最初にこの二人を目撃した時の反応とは打って変わって落ち着いたもの。
今更ながら自分は動揺しすぎていたのではないかと恥ずかしくなってきた。
「ソウも一緒だったんだ」
「さっきまでな。で、書類渡すだけだから一人で大丈夫、って廉が届けに行ったっきり、なかなか戻ってこないからさ」
「心配になって様子を見に来た、と」
「そういうことだな」
そんなに時間が掛かっていただろうか、と時間を確認するも、届けに来てからそんなに時間は経っていない。
やはりこの幼馴染は過保護すぎるのではないのだろうか。
「書類も渡したみたいだしそろそろ戻るぞ、廉。あんまりここで話してると衛が起きそうだ」
「まぁこの程度の話し声なら起きないから大丈夫だけどね」
すかさず、といった感じで涼太が口を挟む。
ここで宗司が一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに楽しそうに口角を上げた。
「……へぇ? さすがメンバー同士。よく分かってるな」
「衛のことなら他のメンバーよりも知ってるけど?」
「……なるほど」
このやり取りだけで二人の関係を察したらしい宗司は笑みを意味深にする。そうして、とんでもない爆弾をさらりと落とした。
「驚かないんだ?」
「いや、驚いでるぞ? けど、ま、俺たちも同じだしな」
……この幼馴染は今何と言ったか。
予想外の展開過ぎて廉は一瞬出遅れてしまう。
「ちょっ!? 何……」
「知ってる」
"何を言ってるんだ"。
そう言おうと思ったのに。
上書くように涼太に返事をされていよいよ廉の脳内処理は追いつかない。
「えぇ!?」
先程涼太に注意されたばかりだというのに、またも大きく驚いて声を出してしまった。
いや、でも、これは少なくとも涼太の発言にも原因があるのだから、仕方がないと思いたい。
「廉、お前慌て過ぎ」
笑いを零しながら落ち着けと言わんばかりに宗司が頭を撫でてくる。
急に落とされた爆弾の処理の仕方など知るはずもない。慌ててしまうのも仕方ないじゃないか。
そう思いながら頭に乗せられた手の先を視線で追う。
「俺たちだけ隠しておくなんてフェアじゃないだろ?」
「そう、かもだけど、わざわざこっちから言わなくたって……」
「それに知ってたみたいだぞ?」
「あ! そ、そうですよ! なんで知って……」
そうだった。もっと大きな爆弾を落とされたのだ。
その投下主を見れば、呆れた視線を宗司に向けて言葉を発する。
「よく言うよ。隠す気なんて最初から無かったくせに」
「そうか?」
しらじらしいと言い捨てる涼太に宗司は惚けるように返事を返している。
一体どういうことなのか。
話に付いていけない廉はおずおずと口を挟んだ。
「えっと一体……」
「まぁ、廉は自覚ないんだろうけど、すぐ顔に出ちゃうタイプだから分かっちゃう、かな?」
「えぇっと、つまり……」
「廉は廉で分かりやすいし、そもそもソウは隠す気ないから廉をからかって反応楽しみつつ周りを牽制してるから、よっぽど鈍感じゃなければ察せちゃう、ってこと」
今初めて知る事実に、ほんのり火照っていたであろう顔が一気に赤く染まるのを感じた。
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居たたまれなくなったらしい廉が宗司を引っ張るようにして自分たちのフロアへ戻ったのを確認すると、自分の膝の上に頭を預けたままである恋人へ声を掛けた。
「衛~? いつまで人の膝を借りるつもりなのかな?」
「あ、あれ? 起きてるの気づいてたの?」
「とっくに」
「あはは……なんか起き辛くて……」
ゆっくりと衛が起き上がるのと同時に膝の上の温もりが消えて少し寂しさを感じたが、それを顔には出さずに涼太は会話を続ける。
「これくらいじゃ起きない、って俺が言ったのは嘘になったわけだ」
「えぇと、その前から起きてたし……」
「別に、あの言葉が本当かどうかなんて関係ないんだからいいんだけど」
「……うん、分かってる」
実際、衛と一番長く一緒に居たのは寮に移る前から一緒に住んでいた昂輝だ。恐らく彼の方が衛のことをよく知っているだろう。
それでもああ言ったのは、自分が衛の特別で、衛が自分の特別だということを誇示したかっただけ。
「嬉しかったな、ありがとね、リョウくん」
「……でも、いつかは事実にしてみせるけど」
「お、俺だって! リョウくんの一番の理解者になるつもりだからね!?」
「……ふぅん?」
「あ、信じてないでしょ!?……もー、あんまりお兄さんをからかうと……」
クスクスと笑う涼太の唇を多少強引に衛のが奪う。そして、そのままの勢いでソファーにポスリと押し倒した。
深追いはせず少し舌を絡めてそっと離すも、顔は近づけたままに囁く。
「……仕返しに襲っちゃうよ?」
「……いいけど、ここではダメ」
てっきり、何を考えているんだ、と押し返されるかと思えば、真っすぐ衛の目を見て涼太はきっぱりと言い放った。
予想外の返答に迫った衛の方が目を丸くする。
「ここでは、ってことは場所を変えればいい、ってこと?」
「そう言ったつもりだけど?」
「……リョウくんがデレるなんて珍しい」
「うるさいよ、衛。……あの二人にあてられちゃったかな」
苦笑を零しつつも何処か満更でもなさそうな涼太にクスリと衛は笑みを零す。
「"据え膳食わぬは男の恥"って言うしね、ありがたく頂戴致しましょう」
「衛、ムードぶち壊し」
「……すみません。で、どうするの? 俺の部屋に来る?」
「うん、行く」
「じゃあ、行こうか」
移動をするために一度涼太の上から退いた衛だったが、服の裾を引っ張られる感覚に再度自分の下に視線を落とした。
「どうしたの? 気が変わった?」
「違う。……連れてって」
「……へ?」
おねだりするまで一拍。少し考えてからぽそりと言うと、何とも間抜けな表情と音が返ってきた。
しかし、滅多に素直にしないおねだり。衛のそれを笑えるほどの余裕は涼太にもなかった。
照れ臭さがじわじわと胸の内を広がっていく。それが広がりきる前にもう一声。
「ずっと衛に膝枕してたから足が痺れてるの。……だから部屋まで連れてって」
「そ、それを言われると返す言葉もないんだけど……いいの?」
「他の二人はまだ帰ってないし、誰にも見られないでしょ」
「……それもそうだね。何よりリョウくんが素直に甘えてくれるのは珍しいしかわいいし」
言われると思った。
予想通りの衛の反応にジトリと目線を投げて。
「衛?」
「はい、お連れします!」
これ以上からかうと涼太の機嫌を損ねることは衛も把握済みの様だ。
分かりやすく話を切ると、ソファーに横になったままの涼太をそのまま抱き上げる。落ちないようにと涼太が衛の首に腕を回すと、衛の口から漏れた「か」という音。じろりと睨んでみると、慌てて続きの言葉を飲みこんだようで。少し可笑しくなって思わず笑ってしまう。
首に腕を回した為に自然と近づいた二人の顔。
どちらからともなくもう一度キスを交わすと、ゆっくりと共有ルームを後にしたのだった。
Fin.